プロフィール

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名前詩人 西田みのる 物語―

 

    名前詩人みのる作品紹介VTR

 『あなたの名前は、あなた自身が生まれ持ったテーマや使命、天命を表すものです』

 こんな風に言われたら、あなたはびっくりしますか?

 親を通じてつけられたその名前は、実はあなたがもともと持って生まれた、あなたの存在そのものなのです。それに気づくことになった私の物語を、どうか聞いてください。

 

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成功の光と影

 

 東京都中央区銀座7丁目。

 太陽の光を跳ね返す鏡張りの高層ビル。

 ビルたちに囲まれた4車線の道路が交わる交差点の横断歩道は、信号が青になるたびにおびただしい数の人々が溢れ出し、その上を首都高速都心環状線が走る。

 高速道路の横には新幹線、山手線、京浜東北線、東海道線が引切りなしに通過する鉄道のガード。

 24時間365日、「音」と「光」と「人の流れ」が途絶えることはない。

 そこに本社を構える一流企業で私は、不動産営業として腕を鳴らし、ピカピカのマーケティング思考を武器として身につけ、やがては都内でベンチャー創業に関わるようになった。

 すべては順調だった。関わった企業数社を成長路線に導いたことに自信と誇りを持っていた。ビジネスの世界で成功を掴むためには寝る間を惜しんで働くことは当然だったし、そうして得た成功はさらなる成功を掴むための糧になった。

 

 あの頃、「成功」を夢見て都会で躍進する人の多くが、良心を犠牲にすることなど厭わなかった。会社が存続しなければ役立つ商品やサービスも提供できない、という論理の元、顧客の意見よりも会社の利益が優先され、その利益を最大化するために最新のマーケティング理論を展開して顧客を囲い込んだ。その囲い込みに成功することが、経済的成功に直結していた。

 道徳観よりも利益確保を優先した結果、当然のように発生する顧客からのクレームに対応するために、絶対に負けない理論武装と交渉術を駆使して修羅場を切り抜けていた。そうまでして数字を最大化することが、仕事仲間に対して格好いいスタイルでもあった。

 あの時までは・・・

 

 「すべてを失う」という経験を、他人のエピソードとして聞いたことは何度もあった。

 それは事故であったり、身近な人の突然の死であったり…。しかし、まさか自分自身が、こんな形でそれを味わうことになるとは、全く想像もしていなかった。

 突然の「うつ病」という診断。

 働き過ぎだった。

 良心に蓋をしてでも数字を大きくすることでしか自分自身が保てなくなり、長く果てしないクレーム処理にも限界が来た頃だった。

 「うつ病」という語感や、医師の白衣、病院の廊下や待合室の匂いは、それまで身を置いてきたビジネスの世界とはあまりも掛け離れたものだった。有名大学を出て、誰もが名前を知っている一流企業に入社し、ベンチャー創業に関わって成功に導いてきた、そんなエリートコースから外れた瞬間だった。

 『まだまだ自分はできる』、と思い込んでいた。今から思い返せば、体や心があげる悲鳴をどれだけ無視してきたのかがよくわかる。仕事があれば徹夜で闘うのは当然だし、周囲の期待を超えることは生き抜くために必要だった。そんな自分に優越感さえ持っていた。

 

どん底に差し込んだ僅かな光

 2006年秋。

 輝ける時代を過ごした東京を後にし、故郷である富山県魚津市での闘病生活がはじまった。

 のどかな漁港の町は、蜃気楼が見える町として全国的にも有名で、日本一古い水族館が建ち、かつて海陸の交通の要所として栄えた歴史と遺産を持つ。生まれ育ったこの町で私は、幾度となく襲いかかってくる自殺願望を必死で思い留まっていた。  

 3ヶ月の入院で復帰するはずが、3年半寝たきりの状態になるほど重篤な「うつ病」だった。

 歯磨きにも立てないような状況が長く続き、総入れ歯になった。社会からは完全に隔絶されていた。

 毎日、夕方になると襲ってくる強烈な飲酒欲求と奈落の底に叩き落とされる激しい落ち込みの日々。

 少し良くなったと思っても、ちょっとしたことで再びそんな状態に舞い戻ってしまうため、「良くなった」と思うこと自体が怖くなった。

 

 残された道は「自殺」しかない。

 私は、生まれ育った実家の自分の部屋を片付けはじめていた。

 今から思い返すと、光が見え始めたのは、あの時だったかも知れない。

 私は、机の中を整理していて古い一冊のノートを手にした。

 「小学2年 西田 みのる」と名前が書かれたその漢字ノートには、びっしり漢字の練習がしてあり、最後のページにこうあった。

 「今日は漢字の練習を4時間しました。」

 なぜだか涙があふれてきた。

 小学校2年生の西田みのる。書くことが好きで、漢字の練習を4時間も続けた過去の自分。

 「書いてみよう」

 そう思った。私は、必死で、書いた。

 「悲しい」という字が、涙でにじんだ。

 「涙」という字を書いて、大泣きした。

 いままで蓋をしてきた感情を、目の前の紙の上に取り出し、自分自身で確認していく果てしない作業。

 没頭できることを見つけ、感情が解きほぐされていくと、恐れていた夕方の落ち込みが来なくなった。

 いつしか「書く」という作業は「詩」や「絵」に発展した。落ち込んだ時、飾られた自分の詩絵を見て「今は本当の自分ではない、本当の自分はあそこにいる」と言い聞かせ、自殺を思い留まった。

 

新たな人生のはじまり

 「作品にしてみたら?」

 自分を救うために始めた「書く」という行為が、作品としての命を宿したのは親戚のそんな一言だった。詩に合った風景をパステルで描き、その上に詩を書いたいくつもの作品は、地元で小さな展示会を開くと予想以上の反響があった。静かだけれど、着実に一歩を踏み出し始めた瞬間だった。

 その作品はやがて「癒や詩絵(いやしえ)」と名付けられ、地元のサロンやカフェで発表する場を与えられると、多くの人の心を捉えることになった。

 「人は欠点で愛される」

 「戻れないなら前へ進もう」

 そんなメッセージがダイレクトに伝わるのは、頭で考えた言葉たちではないから。

 心の底から湧きあがる言葉を、紙の上に息づかせるからである。

 自分のためにはじめた「書く」という行為が、人に認められ、人を救うことさえできることに気づいた私は、うつ病になってからはじめて「誰かのために行動したい」と思うようになった。

 

 その思いが実を結ぶのに時間はかからなかった。

 うつ病の人の悩みを聞いてあげられる場をつくりたいという目的で立ち上げた「心の広場とやま」の活動は何度も新聞紙上で取り上げられ、うつ病の悩みを語り合う自助グループとして脚光を浴びた。富山県内各地でうつ病で苦しむ人のための無料相談会を開催することで、これまで行き場がなく一人で悩み続けていた人たちに「心の栄養」を届けることができた。

 そんな活動を始めた頃に出会ったひとりの男性との交流から、「名前詩」が生れることになるのである。

 

「名前詩」を育んだ「心の広場とやま」

 正(ただし)さんという60歳の男性は、うつ病で苦しむ中、何度も「心の広場」の会場に足を運んでくれていた。私は彼に心をこめて「いつも来てくれてありがとう」「今日も笑顔をありがとう」という言葉を書いた「癒や詩絵」を贈った。その時の彼はとても喜んでくれているように見えた。

 しかし、この言葉が彼を余計に苦しめていたことを、後になってから知った。

 「会場に行けるから、笑えるから、ありがとうと言ってもらえる。でも苦しくて行けない時、笑えない時の自分は…。」

 その思いを知った私は、正さんに条件のない「あなたの存在にありがとう」という想いを伝えたいと思った。それから暫くして会場に来てくれた正さんに、私は次のような言葉を書いた「癒や詩絵」を贈った。

 「正という字は一と止まれ、一度止まって正しい道を見つけよう」

 その「癒や詩絵」を受け取った正さんは大粒の涙を流したあと、こう言った。

 「おかげでだいぶ元気になったよ。正という名前が嫌いだったけど、死んだ爺ちゃんが付けてくれた名前だったな。爺ちゃんにはかわいがってもらったな。」

名前はその人の存在そのもの。それを肯定されるということは、自分の人生のすべてを肯定されるのと同じこと。

 それに気付いた私は、その名前が持つパワーや生命力を引き出し、それを即興で「詩」にしてパステル画と組み合わせ、1枚の作品に仕上げた「名前詩」の創作をはじめたのである。

 自分の名前を肯定されると人は、自分の歩みに自信を取り戻せる。名前とその人の人生には、深い結びつきがあるのかも知れない。それは、名前の通りに生きるということではなく、その生命に与えられた深い意味や家族との縁を、名前を通して気づかせてくれようとしている、という感覚に近い。

 「名前詩」は瞬く間に年間3,000人以上から注文が来る人気商品となった。

 

 

桜梅桃李 ~私が伝えたいメッセージ~


男と女のパートナー会議&

小矢部市男女共同参画市民フォーラムでの
講演の様子

 誰かのために、丹精込めて自分のエネルギーを注いで創作に打ち込む行為は、ビジネスでの成功とは全く質の異なる世界観であった。すっかり病気を克服した私は、心理カウンセラーとしての資格取得を決意し、「心の広場」の活動に磨きをかけていった。

 心理カウンセラー資格の取得は、富山県認定の「心のサポーター」として年間700件の無料相談や、自助グループミーティングの開催、自治体や金融機関などからの講演依頼へと発展し、うつ病の人を救いたいという枠組みを超えて多くの人に「心の栄養」を届ける活動に成長した。

 「桜梅桃李」(おうばいとうり)

 それは私が一貫して伝えたいと思っていることで、「それぞれが美しい花を咲かせる。チューリップに薔薇の花を咲かせようとするから苦しい。あなたはあなたのままでいい」というメッセージ。時には涙して講演したそのフレーズは、心の壁や仕事の壁、人間関係の壁に行き詰まる多くの人に、心の栄養となって届けられた。

 


ここひろ回復者体験発表会【魚津学び塾】にて

心の広場とやまからの、社会復帰者が【魚津学び塾】で、一般の方に、うつ病の回復体験を発表。

 

富山第一銀行にてメンタルヘルス講座

 

「心」の世界の価値観でビジネスの成功を支援

 

マーケティングCafe金泉寺

 すべてを失った2006年からどん底の時代を経て「心」の世界を切り拓いた私は、それとは対照的な「ビジネス分野における成功」を促したり妨げたりする要因も、実は「心」の在り方にあるということを知った。

 そこで、ビジネスや目標達成における悩みをスキルと心の両面からサポートできる活動を2012年から開始したのである。かつて一流企業で培い、数々のベンチャー企業を成功に導いてきたマーケティングのノウハウを、富山県で夢や目標を叶えたいと思っている人たちにシェアする「マーケティングCafé」や、会員制個別コンサルティング「ゼロワン」を主宰すると、こちらも半年で300名以上のビジネスマンや個人事業主、各分野の専門家が参加する交流の場になった。

 

 「マーケティングCafé」は、富山県でナンバーワンコーチである中村慎一氏、心理セラピーの分野で絶大な人気を誇る石黒亨氏を顧問に迎え、そうした一流の人たちと、スモールビジネスを軌道に乗せたいと考えている多くの人たちとを結ぶ交流の場として機能している。ビジネスでの成功に限らず、一流の人に触れることでしかキャッチできない気づきや学びの効果は計り知れない。

 スモールビジネスを軌道に乗せるために必要な具体的なスキルやサービスを、極めて良心的な価格で提供する人たちも現れ、この活動を支援してくれている。ビジネス面・経済面での成功を「心」の世界の価値観で実現し、さらにワンストップでスキル面でのサポートを提供する人たちとも仲間になれる集まりとして、パワーアップし続けているのも特徴のひとつである。

 

 かつて東京で学び実践を通して磨いてきたマーケティングスキルは、使い方を間違えなければ、すばらしい商品やサービスを多くの人に知っていただくための極めて有効な武器になる。「マーケティングCafé」や会員制個別コンサルティング「ゼロワン」は、「名前詩」やカウンセリングとは別の、新たな一面として信頼を確立しつつある。

 新たな時代の成功をサポートするこの活動は、今後富山県のみならず、全国で同じ試みにチャレンジしている仲間たちとネットワークを結び、さらに支援の輪・成功の連鎖を広げたいと考えている。

 

※会員制個別コンサルティング「ゼロワン」は、2013年5月からチーム田~DEN~として再スタート。スモールビジネスを成功に導くマーケティングコンサルチームとして根付いている。

 

私の原点は「名前詩」

 「うつ病」という辛く苦しい経験を通して、ロジカルにビジネスライクに成功を追い求めていた過去の自分にはなかった「優しさ」や「本当の幸せ」に気づくことができた。

 いま、私の人生のベースに流れているものは、人に対するどこまでも肯定的な姿勢や、あたたかさであると思っている。私の中での「達成感」「充足感」の定義は、あの頃と今とでは大きく異なっている。

 その経験のひとつの成果が、「名前詩」である。

 「名前詩」は、家族や恋人、友人、両親や祖父母へのプレゼントとしても人気が高く、贈られた人にとってみれば、その人のためだけに用意された唯一無二のプレゼントになるのである。

 

 「マーケティングCafé」などビジネス面での成功を支援する活動をはじめてからも、ボランティアでうつ病の人をサポートする「心の広場」などの活動は継続している。自分がかつてうつ病であったことは、隠すどころか積極的に公開している。ビジネス面においては、それは不利だと思われる人もいるかも知れないが、うつ病であった自分も含めて、いまの自分なのである。

 

 「名前詩」に込められたメッセージは、その人の名前からインスピレーションを受け取った、ありのままを「詩」にしているのである。「桜梅桃李」、ありのままのあなたでいいのである。だから、うつ病であったことは不利なのではなく、それを克服したことはむしろ前向きなメッセージだと思っている。

 この「名前詩」を、ひとりでも多くの人に届けたい。

 それは、人の名前が持つメッセージやパワーに気づいてほしいという願いでもある。

 誰にでも、生き詰まる時がある。踏ん張らなきゃならない時もある。そんな時、額に入った「名前詩」を見て、明るい気持ちや前向きな気持ちを取り戻してくれたらと思う。

 

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私の実家には、私の家族4人の名前が入った詩がありました。

 それは昔、父が誰かに頼んで作ってもらったもので、一人一人の字が繋がり、まるで一つの世界になったような詩です。

 それを見て私は、名前の持つ不思議な力を感じていました。漢字の意味や由来、名前に込められた想いや繋がり、その人や家族が辿り着くべき境地のようなものがあるような気がしていたのです。

 辛い時や悲しい時、名前の持つそうした力が、前向きな一歩を踏み出す力になることを私は知っていました。とても遠回りをしましたが、どん底の経験を通して、その力を再認識しました。

 「名前」が秘めるパワーを、たくさんの人に思い出してほしいと思っています。

 自分自身の名前に勇気付けられるなんて、素敵だと思いませんか?

 『あなたの名前は、あなた自身が生まれ持ったテーマや使命、天命を表すものです』

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現在、「マーケティングCafe」は、「強くしなやかなビジネスの在り方」を見つけるためのマーケティング勉強会[マケ活]として毎月第一水曜日 10時~12時に、「心の広場」は、虚しさと不安を解消し自分本来の可能性を開く心と仕事のサポートクラブ[心活](ここかつ)として毎月第一木曜日19時~21時に富山市内で活動を行っています。

 ここまで引き上げてくれた人たちへの感謝の気持ちを、これから出会う人たちに何倍にもして還元したいということが、いまの私の活動の原動力です。これからもますますこの活動を積極的に推進し、心の面からビジネスの面に至るまで幅広い悩みの解決を支援し、「あたらしい幸せのカタチ」を多くの人が見つけてくれる手助けをしていきたいと思います。

 

 

西田みのるプロフィール

昭和43年7月15日生 AB型

富山県魚津市に 4000gのジャンボベイビー誕生

 

  • S57 サッカー北信越Jr ユース代表
  • H3  法政大学社会部卒
  • H5  リクルートコスモス入社
  • H8  リクルート転籍
       (元リクルート転籍)
  • H18 都内ベンチャー企業活動に従事
       (元リードリアルエステート取締役経営企画室長)
  • H21 うつ病、躁鬱病、アルコール依存症で3年半凹む
  • H23 名前詩人として フミダス
  • H24 カウンセラーとして フミダス
  • H24 マーケティングコンサルタントとしてフミダス
  • H25 凹まない生き方の会 発足

 

●愛してやまないもの

高校サッカー選手権、剱岳、いか

 

名前詩人みのる

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