名前詩人みのるのV字快復のキセキ
〜【詩】は未経験の僕が【プロ】として収入を得るまでのキセキ〜
今日は、僕が詩に取り組み始めた頃のお話をしますね。
僕は今45歳ですが、詩に取り組み始めたのは40歳の終わり頃なので、現在4年目ということになります。
その前は、かなりの重篤なうつ病で3年半くらい寝込んでいました。(その辺りの話はご存知の方も多いかと思います)
やりたい事いろいろやって見て【やりたい事】かつ【体調が悪くてもできること】は【想いを書く事】だな〜って分かってきました。
他のどんな分野より、この仕事が僕には【一番楽なんだ〜】【他のことはもっと苦しいんだ〜】って思えたのは立上りの一番辛い時期の踏ん張りとしては有効だったと思います(^_^)
今は違ったモチベーションをメインに使っていますが・・・㊗️
とはいえ、素質的には、書道の経験は小学校の時の2年間近所の書道教室に通ったくらい。詩については、ガサツな体育会系、元不動産屋というとてもポエムとは程遠い感じでしたので、まさか本当に【詩人】で【生活出来る】なんて思っていませんでしたσ(^_^;)
僕が最初にしたことは、【出来ている人に聞きに行く】ということです。でも、今のようにセミナーに行くお金もありませんし、もちろん低料金で教えてくれる【朝活】や【マーケティングCAFE】みたいなセミナーなんてありませんでした。
ですので、最初にしたのは【近所の出来ているおじさんやおばさんに聞きに行く】という事をやりました。
魚津の水彩画家の大久保先生(当時70歳),
魚津のちぎり絵サークルの広田節子先生(当時75歳)
宇奈月の絵手紙の広瀬先生(当時70歳くらい)と言った感じです。
みなさんとっても親切に教えてくれて助かりました。当時は魚津の中央通に【がやがや】という無料の休憩場があり、そこの大森陽子さんって人がいろいろ情報を提供してくださいました。
中でも【水彩画家の大久保湛堂先生】には大変お世話になりました。
地元ケーブルテレビでよく紹介されている方で、元禅僧で還俗して水彩画家で生計を立てておられるという破天荒な経歴にも大変興味があり、サークルKで買った1000円の菓子折りを持ってアトリエにアポなしで伺いました。
(中略)
僕が
【どうやったらプロになれるんですか?】
って聞いたら
大久保先生は、
【俺も35から始めたので、あんたも出来ると思うよ!。】
って優しく言ってくれて、とっても心が楽になったのを覚えています。
だから最近はいろんな人から
【どうやったらプロになれるんですか?】
って聴かれるので、
【僕も40から始めたので、あんたも出来ると思うよ】
って言うようにしています(^_^)
大久保先生が水彩画家をやろうと思った頃(今から40年前)、滋賀県に
{踝(くるぶし)画家】というのがいて、人の【くるぶし】ばっかり描いている画家がいて大久保先生はその人に聴きに行ったそうです。
どうやったらプロになれるんですか?って聞いたら
僕も40歳から始めたのであんたも出来ると思うよ!って言われたそうです。
だからおらも人にどうやったらプロになれるんですか?って聴かれたら
オラも35からはじめたから、あんたも出来ると思うよって言うようにしているそうです(^_^)
まあまあその話はこれ位にして
その方は、全く絵は未経験だったけど、【くるぶし】というモチーフを
500枚くらい描いた。その頃から人からもプロって自分言われるレベルになっていたそうです。
そして一枚一枚見せている時は売れなかったけど、絵を並べて
【踝(くるぶし)】タイトルを付けると売れ出したそうです。
お客さんが勝手に比較して、これがいい!。って(^_^)。
大久保先生は、【かわさぎ】か【ホタルイカ】か【剱岳】で迷って、モチーフを【剱岳】にしたそうです。
1日1枚か2枚描いて、1年位でプロになれようわい!って感じで描き始めたそうですが、始めて4日目で大変な事実に気付いたそうです。
それは・・・・剱岳は晴れた☀️日しか出ない!(((o(*゚▽゚*)o)))
4〜5日に一回くらいなので・・・・・
やばい!5年かかる〜って感じだったそうですσ(^_^;)
それでどうされたんですか?って聴くと
(これは先ほどの【踝(くるぶし)】もそうですが、モチーフ にセンスがあるというか・・・・)
俺は、曇りの日は【雲】を描いた。雨の日は【厚雲】を、薄曇りの日は【薄雲】を同じ場所から描いて、晴れた日には【剱岳】を描いた。
って言われました。
そして300枚くらい描いて
タイトルは【剱岳】・・・・・・・・・・・・・・・ってズラ〜並べて
絵の方は【雲】【薄雲】【厚雲】【剱岳】【雲】【剱岳】ってズラ〜並べていると噂を聴きつけた品のいい女性が
『この中で一番厚い雲の絵はどれですか?』って聴かれたそうです。
『これです』って指すと『じゃあ、これいただくわ』って買って行かれたそうです。
この方が、なんと現インテック会長の奥様、若き日の西尾さんだったそうです。
これがご縁で以来24年に渡り、奥様のコミュニティーの水彩画の先生をやっておられたそうです。
本人に聴いた訳では無いけれど前置き付きですが
【今は全く見えないけれど、あそこに必ずあるっていう目標みたいなものがあったんじゃないかな〜。】
って言ってる大久保先生がとってもかっこよかったのを覚えています。
富山の方はご存知の方も多いと思いますが、富山駅前にそびえるインテックビルのてっぺんのあの形は
【剱岳】がモチーフになっています。
以来私も何をモチーフにするか、試行錯誤が続きましたがやっぱり【自分自身の心に向き合って出てきた言葉】にしました。
本当かどうか分からないけどとにかく500枚、500枚と思ってひたすら描きました。
【根強く 生きる】
【重い物を ぜんぶ捨てると 風のように 歩けそうです】
【楽しい時には 笑顔が育つ 苦しい時には 心が育つ】
など自分に向き合う中で出てきた言葉にパステルや岩絵の具で挿絵を必死に描きました。多い日は1日16時間くらい描きました。
祈るように描いていたと思います。
ちょうど500枚くらい描いた時、先ほどの【がやがや】での展示会が決まり
【心の癒や詩絵】として北日本新聞に大きく取り上げられ富山にある新聞全紙、NHK,KNB,BBT,NICE-TVなどに紹介され
(どのように仕掛けたかは次回詳しく説明しますね)
初月で150名の来場があり10万円以上の売上げ!。曲がりなりにもプロとしてのスタートを踏み出しました(^_^)㊗️
以来、名前詩〜セミナー講師〜講演講師とやりたい事をやってプロ化するって事を続けていますが、その本質的なコツを掴んだ瞬間でした。
僕がこの段階でみなさんにお伝えしたいことは
【プロへの見通し付け】ということ。500枚描けばプロになれるというような具体的な目安の数が欲しいところだ。
もう一つは【宝は近所にいる】っていうこと。自分がやろうとすることと似たような事が出来ている人が必ず近くにいると思う。
初期段階で大切なのは、【近所の人に聴きにいけるほどの動機】と【プロへの見通し付けの】だ。
僕は営業経験や広告の取材経験があったのでそれがうつ病を抱えながらでも出来た。しかしスキルは持っていても営業経験の無い方は展開
がかなり難しいようだ。せっかくのスキルが埋れていき、挑戦のマインドが薄れていく。
【マーケティングCAFE】はそうした方の【勇気の一助】となればという想いで運営している。
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